マネージャーを目指すまでの、私の心の変化
「マネージャー試験を受けるんです」と言うと、驚かれることがあります。でも私自身、数年前まで「自分がマネージャーになる」なんて、まったく想像できていませんでした。
今日は勉強の話の前に、そこに至るまでの心の変化を書いてみようと思います。
モチベーションが下がった、育休明けの日々
娘が生まれたのは2017年3月。1年間の育休を経て、2018年3月に仕事に復帰しました。復帰したタイミングで、次の昇進はちょうどマネージャークラス。でも当時の私は、育児と仕事を両立させることだけで精一杯で、自分がマネージャーになっているイメージなんて、まったく持てませんでした。
復帰から半年ほどは、子どもの発熱で保育園から呼び出しの連続。正直、マネージャーを目指すどころか「このまま仕事を続けられるんだろうか」という不安の方が大きかったです。
そんな中、上司から「子どもが小学校に入るまでは、大きな仕事は任せられない」というようなことを言われた時期がありました。今思えば配慮のつもりだったのかもしれませんが、当時の私はモチベーションがかなり下がってしまいました。自分なりに頑張っているつもりなのに、キャリアの選択肢を先に閉じられてしまったような感覚。あの頃の悔しさは、今もよく覚えています。
異動、そして少しずつ自分に目を向けられるまで
復帰してしばらくして、思い切って異動願いを出しました。9ヶ月後、希望が叶って異動。ようやく自分の得意分野で力を発揮できるようになり、仕事は少しずつ楽しくなっていきました。ただ、それでもまだ「自分がマネージャーとして働く姿」は、まったくイメージできていませんでした。目の前の仕事で成果を出すことに必死で、その先を考える余裕がなかったんだと思います。
マネージャーという選択肢が、初めて自分のステップアップとして「見えてきた」のは、娘が小学3年生になった頃でした。育児にも仕事にも少しずつ余裕が出てきて、ようやく自分自身のキャリアに目を向けられるようになったのかもしれません。子どもの成長と、自分の心の余裕は、思っている以上につながっているんだなと感じた出来事でした。
目指すと決めてから見えてきたこと
私はずっと、仕事である程度の成果を出していれば、自然とマネージャーの声がかかるものだと思っていました。でも実際はそうではなく、「マネージャーを目指している」ときちんと上司に伝えることが何より大事なんだと、後になって知りました。黙って結果を出すだけでは、上には伝わらない。当たり前のようで、私にとっては大きな気づきでした。
自分のスキルを棚卸ししたとき、マネージャーとして任される可能性が高い部署がある程度見えていました。ただ正直、その部署の仕事にあまり気持ちが向いていませんでした。私はこれまで、ひとつの製品知識を深く問われる仕事をしてきて、そのスキルは周囲にも認めてもらえていました。でも会社のお金まわりの知識は、正直かなり弱いという自覚があり、まず簿記3級から勉強を始めました。
そして2026年、いよいよマネージャー試験を受験します。あわせて、女性マネージャー育成プログラムにも参加しています。正直、最初は「女性専用の研修って、本当に必要なんだろうか」と思っていました。でも参加してみて、自分の部門には女性マネージャーがかなり少ないという現実を知りました。優遇してもらっているという感覚ではなく、意識的に増やしていかなければこの数字は自然には変わらないんだということが、身をもって理解できました。女性マネージャーを増やすことは、これからの時代を組織が生き残っていくために必要なことなんだと、今は素直にそう思っています。
保育園からの呼び出しに一喜一憂していた育休明けの自分に、今の私が伝えられることがあるとしたら。「マネージャーになれるかどうかは、今すぐ決まるものじゃない」ということだと思います。余裕がない時期があってもいい。目の前の仕事に必死な時期があってもいい。そこから少しずつ自分に目を向けられるようになって、今、こうしてマネージャー試験に挑戦しています。
次回は、簿記3級の勉強法や、マネージャー試験に向けて今取り組んでいる勉強法について書いてみようと思います。





